恋する淫魔と大剣使いの傭兵

二章 | 04 | 魔獣討伐


 シェスティが泊っている部屋の隣が、ゼルギウスの部屋だ。ノックをすると、ほどなくしてドアが開く。

「お帰りなさい。お出迎え、できなくてすみません」

「いや、構わない」

 ゼルギウスは戦闘の後という雰囲気ではなさそうだった。彼は部屋にシェスティを招く。どうやら何か準備の途中のようだった。少し荷物が散乱している。

「調査はどうでしたか?」

「ああ……該当の魔獣の本拠地を発見した。夜行性かと思ったが、昼もそれなりに活動しているらしい。数も思ったよりいたからな、一度準備を整えることにして戻ってきた」

「お疲れ様です」

「いや、この程度は。……暗くなってしまいそうだが、今日のうちに片付けようと思う」

「今日のうちに……? 危険ではありませんか?」

 まだ日没までは時間があるが、それでも長引けば真っ暗になってしまう。魔獣は基本的に夜目がきくから、人間族の中でも特に夜目がききにくい〈|人間《トールマン》〉が夜に討伐などを行うのは避けるものである。

「そうだな……相手が魔狼だから、おそらく苦戦する。魔術に依った戦い方をする相手なら、有利をとれるのだが」

「なら、明日にしてしまっても……」

「魔族の関与があるかもしれない。普通の魔獣被害ならば明日にするが、魔族が関与しているならば、むしろ人間族は日没近くに襲撃を行わないと考える可能性がある。あえてこの時間に出ることで、虚をつける可能性がある」

 この時間にいったん戻ってきたのは、準備を整えるためもあるが、一度村へ戻ることで今日はもう襲撃しないと思わせられるかもしれない、という意味もあったらしい。

「……回復薬の予備はあるか? 少しもらってもいいだろうか」

 手持ちだけだと少し不安が残る、と言う彼に、持ったままだった籠から数本回復薬を出す。こんなにすぐに使いどころが出てくるとは思っていなかった。

「この村に自生していたクライン草で、予備を作っておいたんです」

「……ああ、貴女は薬屋で働いていたのだったな。これだけあれば気兼ねなく使えそうだ。助かる、ありがとう」

 笑顔を向けられて、シェスティは少しだけ胸が高鳴った。護衛されている身で、何もできないことにもどかしさを感じていたが、こうして感謝されると嬉しいし、何より安心する。自分にも彼になにかしてあげられることがあるのだ。

 シェスティから受け取った薬を腰につけた小型の鞄に入れると、ゼルギウスはよし、と小さく呟いた。

「行ってくる。明日にはフィールファルベへ出発しよう」

「……はいっ、行ってらっしゃい、お気をつけて」

「ああ。なるべく早く戻る」

 シェスティには魔力に余裕がないから、魔術も使うことができない。ついて行っても邪魔なだけだ。どれだけ不安でも、見送ることしかできない。

 それでも、彼が大丈夫だ、と言うのだから、それを信じるべきだ――と。笑顔を見せた。



 村を出て、ゼルギウスはもう一度目的の位置へと向かう。松明は一応使えるようにしてきたが、できるだけ早く帰りたい。

 村や町といった集落の周辺で出る魔獣は、大して強くはない。村の男が総出でクワでも持ち出せば、一匹や二匹は問題ない。

 だが、今回出現した魔獣――狼型ゆえ、魔狼と呼ばれることもある――は素早く、群れで動く。通常ならば村の周辺には現れない強さだ。遠くから移動してきたとも考えにくい。魔獣は普通、発生した位置からそう動かない。

(……やはり、魔族が関与しているのだろうな)

 一般に、魔獣を操ることができるのは魔族だと考えられている。その認識は誤ってはいない。しかし正確に言えば、魔獣は心属性の魔術によって従わせることができる。

 その心属性の魔術というのが、一般に人間族はほとんど使い手がおらず、適性はもっぱら魔族に偏るものなのだ。故に魔獣を操る術を有するのは大半が魔族だということになる。

 ゼルギウス自身は魔術を行使できないが、その分多少の知識はつけた。魔術は生活に用いるごく簡単なものを除き、大抵は師匠から弟子へと伝授される。自分が魔術を扱わないぶん知らないことも多いものの、討伐以来で必要になるだけのことは頭に入っている。

 よほどでない限り、あの量の魔獣を全てまとめて細かに、それも一挙一動すべからく操ることはできない。魔力とか技量とかの問題ではなく、単に一個人の頭の処理能力の問題で、複数――今回なら七体――の魔獣を丁寧に統率のとれた形で個別かつ同時に動かすのは至難の業。人間族だろうが魔族だろうが、同時に処理できることなんて大して無いのだ。

 だから、おそらく、命令を送られているのは大概一匹、多くて二匹。それも群れの頭となる個体を操る。そうすることで後は勝手に、他の個体もそれに従う。元より統率のとれた動きをする群体だ。一匹一匹操る必要は無い。

(だからまずは主たる個体を優先して殺せば、一気に崩れるはず――だったか)

 魔術に長けた友人から言われたことを思い出しつつ、ゼルギウスは歩を進める。魔狼は村からそう遠くない森の中、浅いところに陣取っていた。一人ならばねぐらの付近、警戒されないギリギリまですぐに辿り着くことができる。

 可能な限り気配を殺しつつ、様子をうかがう。日が暮れだしていた。今回の対象は夜行性だ。それゆえ、昼日中に発見したときよりも更に警戒して動く。

 遠目から七体揃っていることを確認する。頭がどれかは見当がついていた。普通の魔狼は大型犬よりも一回り大きいくらいだが、その中でもひときわ大きい個体。中央で丸くなりながらも、耳はピンと立てている。

 正直、一人で相手取るには多すぎる数だ。依頼として出された場合、受注するには少なくともメンバーが三人はいないと認可が下りないだろう。せめてあと一人、魔術師がいればもう少しやりやすいのだが。建前上ゼルギウス個人に対する依頼の形をとているのだから、致し方ないと言える。

 細く息を吐いて、覚悟を決める。やれないことはない。背負った剣に手をかけた。そうして一拍。駆け出す。

 こちらの存在に気が付かれていたのか、そうではないのか、ゼルギウスにはわからない。どちらにせよ、魔狼たちの対応は一瞬だけ遅れた。虚をついて。――中心へ。

 抜刀と共に一閃。頭を一刀のうちに落とす。断末魔を聞き終えるのを待たずして、振り返りざまに薙ぎ払う。――近くまで寄っていた二匹の目を潰した。そうしてl、闇雲に暴れる二体にとどめをさす。三体がサラサラと金色の粉のようになって宙へと消える。虹色に輝く石がころりと地面に落ちた。出遅れた残り四匹は二の足を踏んでいる。

(やはりリーダー格はあれだったか)

 ゼルギウスは手に持った大剣を握りなおした。そう時間をかけてはいられないだろう。もし本当に魔族の関与があり、近くに操っていた者がいたならば、すぐにリーダーはすげ替えられる。

 悩む間もなく、端にいた一体に向かって駆け出して、頭蓋から顎まで叩き切る。そのまま踏み込んで、近づいてきたもう一匹を切り上げる。残り二頭、そう思った瞬間、左手首に鈍い痛みが走る。――気づけば寄られていた。咄嗟に後ずさる。

 先ほどまで動揺をあらわにしていた一匹が、今は冷静にゼルギウスを見据えていた。新な頭の存在を感じ取ったのか、もう一匹も落ち着きを取り戻す。手首の痛みは激しく、剣を持つには難しいが、一人である今、回復薬を飲む隙を与えられるとは思えない。

(見られている、か――)

 どうやら咄嗟に〔洗脳《マニピュレイト》〕をかけなおしたらしいと見えた。類推でしかなかった魔族の関与を確信する。そうでなければ今頃、この二頭も殺せていたはずだった。――なにより。

 ゼルギウスの得物は両手持ちの大剣。首を狙えばいいところを、まず手を潰して反撃を困難にした。血が噴き出すのを感じている。――脈まではいかなかったことを幸運とみるべきか。

 左手を下ろし、右手だけで柄を持つ。切っ先は地面について引きずっている。

 しばらくそのまま睨み合って、先に動いたのは魔狼のほうだった。片方は足に向かって。もう片方は喉を狙って。

 ――それを。

「……油断したな」

 |片手で《・・・》大剣を握りなおして。まずは足を狙ってきた方の喉を突く。それからすぐに軸をずらして、もう一体の突撃から身をかわす。そうして剣を振り上げる。着地の隙を狙って、最後の首を落とした。

 サラサラと光の粒が舞う。あたりは静かになった。

 ひとつため息をついた。

 ――噛まれたのが右でなくてよかった。得物が大剣ゆえに、片方が使えなくなれば戦えぬと判断されてよかった。この剣はゼルギウスにとっては|片手剣《・・・》だ。ただ、両手で振るったほうが威力が出るから両手持ちをすることが多いというだけで。

 剣を背負いなおして、腰につけていたポーチから回復薬を一つ取り出して飲み干す。じきに痛みが引いてくるだろう。

 魔獣は魔素の集合体だから、殺しても死体は残らず、身体を構成していた魔素が空気中へ戻っていく。討伐の証は、魔獣を倒した後に残る魔石だ。

 魔石は魔獣の体内で凝固した魔素が石の形をとったものだ。力を得た魔獣ほど大きいものが取れる。魔道具の作成など、使用法がそれなりにあるらしい。――ゼルギウスはそういった方面に疎かったから、町で売り払う以外の用途を知らないが。

 今回はギルドを通しての依頼ではないから、持っていく必要もないかもしれないが、後々金策にはなるだろう。七つすべてあることを確認して、鞄に入れた。

 もう日は落ちかけているようだった。――はやく帰ったほうがいいだろう。持ってきておいた布に油を浸み込ませ、着火石を使って松明に火をつける。それから結界石を使ってしまうことにした。なるべく足止めされずに帰りたかったのだ。

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