恋する淫魔と大剣使いの傭兵

二章 | 06 | 宴の後、静かな夜


 ――異様だ。

 宴が終わり、部屋へと戻りながら、ゼルギウスは村の男たちの様子を思い返す。

 村の、特に妻を持たぬ若い男たちの様子は、少し異常だといえた。

 シェスティに対する好意――というより情欲。ぎらついた目。妻帯者らしい者は、妻がいる手前もあるのだろう、そうあからさまではなかったが、それでもその視線は彼女に向けられていた。

 酔った勢い、そう片付けてよいものか。

 村に若い女がいないわけではない。その情欲がすべからくシェスティだけに向けられるというのは、なんともおかしな話だ。

 自分が出ている間に誘惑した? そうも考えたが、首を振って否定する。少なくともゼルギウスが見る限りにおいて、シェスティはそうして向けられる感情を迷惑がっているようだった。だから部屋に戻るよう言ったのだし、彼女の表情を見る限り、それが正解だったのだろう――と思う。

 彼女はどうも危なっかしい雰囲気があった。体が弱いのに旅に出たいという。時折しおれかかった花をじっと見ていることがある。弱いぶん身の程をわきまえていて、ゼルギウスが危ないからと言えば、大概のことは逆らわない。時には命令するな、主はどっちだと言い出したり、好奇心を優先させようとしたりする依頼人もいるから、そういう意味で扱いやすいのはありがたい。

 彼女を心配するのは、たいてい男がらみのことだ。テンベルクにいた頃から男に人気があるらしいことは察せられたが、あそこには長くいたのだから性格もあいまって人気がでることもあるだろう。討伐部隊の者も惚れかけていたのが何人かいたようだが、あれらはおそらく周囲に女がいない環境で育ったのだと思う。――思っていた。

 だが、旅に出てから、初めて訪れたはずの町でも、彼女は同じような視線を投げられる。

(まるで〔催淫〕だな)

 そう一瞬考えてから、打ち消す。〔催淫〕――心属性の魔術を使うことができるのは基本的に魔族。しかし彼女はテンベルクに長く住んでいた。もし彼女が魔族なら、とうにつまみ出されているはずだ。魔族がその正体を隠して人間族の集落にとどまり続けるのは難しい。

 人間族と魔族は、別に大々的に敵対しているわけではない。もちろん、魔族の生命維持にはしばしば人間族の生命とか精力といったものを必要とする関係上、どうしても魔族が生きていること自体が人間族の害となる。

 だが、魔族とて人間族をすっかり殺してしまうよりも長く生きさせたほうが効率的な生態をもつ種族ばかりだから、例外もあれどそうそう殺しはしない。なにより強大な魔力が、時に有効な魔族によってもたらされれば、人間族にとっても利益とならないではない。

 そういう関係があるので、人間族も何もないのにあえて積極的に魔族を滅ぼしにいくことはない。何か具体的に害をなされれば反撃するというだけで。

 とは言っても、魔族相手にそう友好的に接する理由もない。むしろ自分たちが食料とされているというのはあまり気分がいいものでもない。それを是として契約でも結んだならばともかく、人間族の集落に入り込んだ魔族は、基本的に排斥される。

 〔催淫〕を得意とする魔族――サキュバスというのは性交を行って生命をつなぐ。シェスティに惚れていたらしい男たちは、関係をもったとかいう話は少しもしなかったし、彼女はどうやら、男との関わりを避けているようだった。サキュバスであればとうに魔力が尽きて死んでしまっているだろう。

 魔族は人間族と違い、魔力が尽きると死に至る。故に魔力が非常に少ない状態での生活は非常に飢餓感を伴い、耐えがたい苦痛があるのだと聞いたことがある。――あくまで伝聞だが。

 何より彼女のすぐに照れたりするような――生娘のような反応は、〔催淫〕を行うサキュバスには似つかわしくない。

 だから、ありえない、そう結論づけて。彼は部屋へとたどり着いた。

 防具を外して手入れを始める。すぐに宴が始まったせいで装備を整えることもできなかった。酒を入れてかなり眠いのだが、手入れは済ませてしまわねばなるまい。よく考えれば先ほどシェスティを送った時についでに外しておけばよかったのだが、早く宴のほうに戻らねばならないという気持ち故に忘れてしまった。

 左手の篭手に空いた穴が目に入った。これでは防具の意味がないかもしれないと苦笑するが、腕を貫通されなかっただけマシかと思いなおす。

(フィールファルベに着いたら、防具を買いなおすか……)

 一つひとつ留め具を外しながら、別のことへ思考をうつす。

 魔獣を操っていた者の存在を、確かに感じた。テンブルクのことを合わせて考えると、裏で手を引いているのがサキュバスである可能性は、十分に考えられる。同一の個体かはわからないが――。

 しかし、どちらにせよ、サキュバスが魔獣を操って人に危害を加えるというようなことはそう多くない。魔獣など使わなくとも、人里に入り込んで〔催淫〕してしまえば目的のものは足りる。

 テンベルクにしても、この村にしても。なぜ、襲われたのか。
 手を動かしながら考えていたが、それらしい理由は思いつかない。

 手入れを終えた頃には、すっかり夜も更けていた。窓を少し開けて見上げれば、月が真上にきている。そろそろ寝なくては明日に響くだろう。そう思いながら布団についたとき。

 カチャリ、と音がした。この部屋ではない、隣の部屋だ。

(シェスティ? 出ていたのか)

 手洗いなど用があることもあるかもしれないが、てっきり寝ていたのだと思っていた。明日、手洗いであっても夜中に一人で出歩くのはなるべく控えたほうがいいと言ったほうがいいかもしれない、と少し思って。

 忍ばせているようで丸聞こえの足音。衣擦れの音。この宿の壁はそう厚くなくて、ゼルギウスのように慣れた者なら、全て筒抜けになってしまう。

 宴の片付けも終わったのか、あたりはしんとしていた。

(……何か、おかしい)

 少しの違和感が確信に変わったのは次の瞬間だ。

『――ンッ!?』

 がさ、と大きな音がして。少しだけ女の声が漏れて。――あれは、シェスティだ。
 暴れるような物音。少しの振動。

『静かにしてよ、ねぇ、悪くはしないから』

 ――潜めたつもりらしい男の声が、はっきりとゼルギウスの耳に届く。

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