恋する淫魔と大剣使いの傭兵

四章 | 02 | ノルベールへの頼み


 大通り沿いの食事処で、二人は昼食をとった。がやがやとした店内で食事をとる人々は、誰も隣のテーブルでの会話など気にしていないようだ。

「なんで揉めてたんだい? 鳥人の彼女、とにかく来て欲しいとしか連絡を寄こさなかったから」

 どうやらノルベールは念話用の魔道具を持っているらしい。それでギルドといつでも連絡が取れるのだという。

「え……えっと、ゼルギウスさんが……その、私に、こ、好意を抱かれていると誤解されていたようで。
 ……受付の――ルネリットさんが多分、ゼルギウスさんのことをお好きなんだと思いますが、なのに彼に護衛をしていただいている私が、ノルベールさんを呼び出そうとしたのが、気に食わなかったらしくて」

「……へえ、なるほどね」

 彼は色恋沙汰にそう踏み込んで興味を示すようではなかったけれど、シェスティの言葉に、

「誤解、ね」

 とぽつりと反応を返す。まるで彼女と同じようなことを――ゼルギウスまでもがシェスティを好いているような言われ方で困惑する。

「誤解ですよ。だって彼自身が、私――というか、誰のことも特別に思ったことはないって言ってましたし」

 このことを口にすると悲しくなるのだが、そんな誤解を受けてしまったらゼルギウスに迷惑がかかる。

「本当にそう断言したの?」

「そうです」

 はっきりとそう言うと、ノルベールは「ふうん」と呟いた。

「……まあ、あいつ、そういうの鈍そうだしな」

 ぼそぼそと言うのはシェスティには聞こえなかったが、どうやら納得した風であったので安心した。

「……で? 僕に用だったんだよね。……見たところその魔石はちゃんと効果を発揮しているようだけど」

「えっと、はい。ペンダントは、本当に助かっています。でも、今日はこれのことじゃなくて……」

 シェスティは若干声を潜めつつ、以前届けられたサキュバスからの手紙のことを話した。流石にこんな場所で、直接的に種族名は出しにくいからぼかしたが、問題なく伝わったようだ。

「えっと、それで……女王が町に来るのは本当に迷惑なので……とりあえず、行くだけ行って、どうにか説得を試みたいのですが、家にゼルギウスさんがいらっしゃると、バレずに出ていくことができません。それで――」

「ああ……なるほど。つまり、――僕に足止めを頼みたい、と。そういうことでいい?」

 こくりと頷いた。ノルベールはしばらく目を閉じて考えていたが、やがて、

「まあ、いいよ。僕もあいつとは話したいし」

 と笑顔を浮かべた。

「……でも、なるべく遅くまで引き留めてみるけど、君が当日中に帰ってこなかったら結局無駄なんじゃない? そこはどう考えてるの?」

 そう問われて返答に悩む。うまくいかなかった時のことをきちんと考えていなかった。

「うまくその、説得が通ってさ。帰ってこれたとしても、ゼルギウスより帰るのが遅くなった時の言い訳は考えてあるの? それと、結局無理だった時のことも」

「ええ……と。もう、女王の説得ができなかった場合は、その時は色々と諦めようかと。数日間空けることになるでしょうけど、そこの言い訳ができませんし――」

 手切れ金とか色々あるだろうが、最終的にはギルドに届けておけばどうにかなるだろう。

「説得はできたけど遅くなった場合については、えっと……ううん」

 その場合はどうにか誤魔化すしかないだろう。色々と不審がられるだろうが、特にいい案がこの場では思いつかなかった。

「本当に、ちゃんとした計画とは言えないので、無理があるんですけど……」

 苦笑せざるを得ない。どうにか女王の説得をすぐに終わらせるしかないだろう。

「……そうだね、かなり無理があるけど、君がゼルギウスに正体を明かしたくないんならどうにか無理を通さざるを得ないだろう」

 ノルベールもまた苦笑していた。彼にも特にいい案はないのだろう。

「とりあえず、僕もなるべく引き留めようとはしてあげるから、あとは君自身でどうにかしてくれ」

「……すみません、ありがとうございます」

 そう息を吐いたシェスティは、普段からの癖で、視線を合わせようとしていなかった。
 だから――ノルベールの目が笑っていないことに、気が付いていなかった。



 ノルベールと別れた後、シェスティは普段通り、食事の用意をしながら待っていた。
 ガチャリ、とドアの開く音がして、いつものように出迎える。

「おかえりなさ――」

 けれど言葉が尻すぼみになってしまう。帰ってきたゼルギウスが、――どことなく、不機嫌そうで。

 こういった雰囲気の時は今までになくて、刺々しさに少し怖くなる。

「……。ただいま」

 一応、そう返してはくれるものの、やはり普段のような柔らかさがない。

「えっと……あの、何か、嫌なことでもありましたか?」

 問いかけてみるが、その刺々しさが明らかに自分に向けられている自覚はある。案の定、

「…………いや」

 と目を逸らされた。そのまま、ゼルギウスは部屋へ行ってしまった。装備の手入れをしに行ったのだ。それはいつも通りの行動なのだけれど、普段なら「食事にしようか、すぐ戻る」とか一言は添えてから行くものなのだ。

 今日はもう、夜始めの鐘が鳴ってしばらく経っている。多分、すぐにご飯は食べるだろう。
 シェスティはおろおろとしていたが、とりあえず彼が出てきたらすぐに食べられるよう、準備を始めた。

 しばらくして出てきたゼルギウスは、先ほどより幾分和らいだ雰囲気ではあった。食卓について、とりあえず共に「いただきます」と言うことはできた。

 それでもやはり空気の重い食卓で、普段からそう会話が多いわけではないのに、今日の沈黙はなんだか居心地悪く感じる。

「……あの、えっと、私、何かしましたか……?」

 食べ終わってからそう問うと、ゼルギウスはじ、とシェスティを見つめた。

「……ノルベールには、何の用だったんだ」

「……え、」

 どうしてノルベールのことを、と問おうとして、すぐに合点がいく。ギルドの受付で聞いたのだろう。
 受付自身が話さなかったとしても、あれだけ騒いでいたのだから、噂がゼルギウスの耳に入ってもおかしくはない。

「お前の依頼を受けているのは俺だ。俺に頼めばいい。……買い物にしたって、言ってくれたら早めに帰ってくる」

 さらに畳みかけられて、慌てて言い訳を考える。

「……その……あの、――魔術のことについて、相談していたんです」

 けれど、咄嗟にいい嘘が思いつかなくて、適当なことを言った。

「その――わ、私、適性は火属性のようなのですが、魔術が使えなくて――でも、料理をたくさんするのに、せめて着火だけでもできたら、魔石が浮くと思って、それで」

 明後日の方を向きながら、手をぱたぱたと振って。それらしいことを言わなくては、と口から出まかせを続ける。――けれど、

「でも、私が魔術が使えないのは、どうも魔力が足りないからみたい、で――」

 ぱし、と。手首を掴まれて。中途で言葉が途切れる。
 気が付けば目の前にゼルギウスがいて、じっと見下ろされていた。彷徨っていた視線は自然と下を向いた。
 ――顔を、見られたくない。

「……目を合わせろ」

 ぽつんと降ってきた声に、反応が返せない。意識が掴まれた腕に集中する。大きな――骨ばった手。自分のものとは、全然違う。込められた力は決して強いわけではないのに、振りほどける気はしなかった。

 思考が止まってしまい、黙りこくったまま俯いたシェスティに、業を煮やしたのか、ゼルギウスは片手を離し、その手でシェスティの顎を持って無理矢理上を向かせた。

「――!」

 瑠璃色の瞳と視線が合った。真っ赤になった顔を、正面から見られて、――恥ずかしくて、泣きそうになった。人とまっすぐ正面から視線を合わせることに、慣れていなかった。それが恥ずかしさを助長して、言葉が出なくなる。

「……………………」

 ゼルギウスも、少し面食らったようだった。一拍後に、ぱ、と拘束が解ける。

「……。すまない」

「い、いえ……」

 どういうわけか彼はそれ以上追及しないことにしたらしい。うやむやのまま背を向けて、「風呂の準備をしてくる」と言い残してリビングを出て行った。

(さ、最近、なんだかすごく……触れられて……)

 心臓が、もたない。机に突っ伏して、はああ、と長い溜息をつく。

(……いや、ゼルギウスさん的には、そんなに深い意味はない――んだよね、変にどきどきしちゃって、馬鹿みたい。なんか、呆れられたみたいだし――)

 どうにか気持ちを切り替えようとするけれど、まだ触れられていたところが熱いような気がした。

(それにしても、何がそんなに気になったんだろう……)

 しばらく考えてはみたものの、こんな風に迫られた理由はいまいちわからない。片付けを済ませないといけないとわかってはいたけれど、体が動きそうになかった。

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