鳥籠

お題:男の罪人 制限時間:30分


 石造りの壁は窮屈だから、そういう所にはいたくない。できれば通気性のよいのがいいね。そういう檻はないのかい?
 男はやけに口の回る奴だった。そうして今までも金をせしめ、搾り取っては殺していたのだ。柔らかく笑みを浮かべながら平気で人を陥れていくのだ。その男は妙にランプが似合っていた――紅の光がじっとりと、その男の頬を濡らしている。そうしてその陰鬱な表情が浮かび上がっていた。
「お前の監獄はもう既に決まっている」
「そうかい。そりゃ残念だ。さぞ窮屈なんだろうなあ」
「いや。偶然にも、貴様の希望通りの檻だ」
 すると急にその極悪人は、ケタケタと高い声で笑い出した。そうして手に繋がれた鎖がカシャカシャと耳触りな音を立てる。
「そりゃあ結構! 飯は出るんだろう?」
 看守が肯定すると、更に大きな声で笑った。静まり返った牢獄の中では、嫌に響く声であった。しかし既に牢に入った者たちからの反応はなかった。不満を漏らす者もない。全くの静寂であった。
「なら全く問題ないねえ!」
 男は一人愉快そうに笑った。光と言えば一つ揺れているランプくらいのもので、静寂と闇の重圧が辺りを覆っている中に、似つかわしくない声が反響している。
 そうして男が連れてこられたのは、一つの大きな鳥籠だった。
「入れ」
 そう促されて彼は大人しく鳥籠に入った。立てば頭はつかない程度。籠の隙間は細く、女の腕ならば入るかもしれないが、その罪人の腕はつっかえる。多少歩きまわれるかどうか、そんな籠であった。
「へえ! これは確かに、俺の希望そのまんまじゃあねえか!」
 看守は何も言わず扉を閉めると、古めかしい鍵をかけた。籠の上は鎖が繋がっていた。どこかでその様子を確認していた者でもあったのだろうか。ゆっくりと籠が持ちあげられていく。そうしてもうすっかり看守が手の平程の大きさになった頃、籠は動きを止めた。宙でぶらぶらと揺れていたのも、じきにおさまった。
「なあ、看守さんよぉ。これ、どこから飯を貰えるんだい?」
「毎日決まった時刻に、鎖で運ばれる手はずだ」
 ふぅん、と彼は納得したらしく、それまでずっと立っていたのだが、勢いよく腰を下ろした。鎖の音が反響する。それは、男には最早心地よくすらあった。
 暫くここでのんびりしてりゃあ、そのうち時期ってやつが来て、それでまた陽の光も浴びられんだろう。ああそうだ、またあの店で、酒をいっぱいに飲みたいもんだねぇ。
 そんな風に決め込んで、ゆっくりと目を閉じた男に、看守が再び声をかけた。
「お前はこれから生涯を、この牢獄で過ごすこととなる」
「…………おいおい、待ってくれよ。俺はまだ裁判も受けちゃいないんだけどな?」
「悪名高い殺人者が何を言う。もう裁判の余地もあるまい。貴様のような男、最早一瞬でも陽の光を見せるのも神に失礼というもの。今まで散々やりたい放題やったんだ、もうここで人生が尽きようが、別に構う事はなかろう?」
 そうして看守はにやりと笑った。否、男にそれは見えていなかった。しかし間違いなく、笑ったであろう。俺のことを馬鹿にしているのだ。男の中に沸々と湧きあがるものがあった。それまでの人生で一度として感じたことのなかったものであった――憤り、という言葉を、彼は知らなかった。
「俺は必ずここを出てやるぞ」ブツブツと彼は声を上げた。「それでまた旨い酒を飲むのさ!」
 看守が牢獄を出て行くと、そこに光は一切なくなった。自らの手すら見えぬほどであった。ただ己の息遣いのみを感じた。
 ――おかしいじゃあねえか。さっき見たときはいくつも牢獄があったってのに。俺の息しか聞こえねえってのは、どう考えたっておかしい。だいいちこんな構造だから、音が漏れねえはずはねえってのに。
「おうい」男は声を上げた。「俺の他にも誰かいるんだろう? 話し相手になってくれ。こんなとこでむっつりしてちゃあ、気が狂っちまう」
 空気はピクリとも動かないで、ただ闇の絡みつくばかりである。
「おうい」男はもう一度声を上げた。何度も何度も声を上げた。「死んでるわけじゃねぇんだろう? なぁ! 聞こえてるんじゃねぇのかよ!」
 途中からそれは一つの懇願へと変わっていった。男は涙声になっているようにも聞こえた。そうして彼が動く度、鎖が耳触りな音を立てた。カシャン、カシャンとこすれるのだった。
 もう何人目であろうか。私はまた息をついた。それは泣き叫ぶ新人には聞こえていないようであった。私以外にも幾人かの罪人がいる。そのうち私とあともう一人は、ありもしない罪でここにいた。もう何年もここにいて、私も薄々感づいていた。私がどうしてここにまだいられるか、そうして誰が死にゆくのか。
 無罪の女もまた、小さく息をついたのが聞こえた。ここに長くいると聴覚が発達するらしい。おそらくは視覚が使いものにならないからだろう。時折漂う腐敗臭の他、ほぼ無臭のこの空間で、情報を入手できるのは聴覚くらいのものだった。



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