とんがりぼうしの王子さま

お題:鋭い王子 制限時間:30分


 ある国の王子さまはとても見目麗しく、剣も魔法も大変すぐれておりました。座学をやらせれば贔屓なしの満点。時期国王として多大なる期待をなされております。
 王子さまのトレードマークは大きなとんがりぼうし。魔法使いの師匠に貰ったというそれは、美しい藤色で、遠くから見てもそれが実になめらかな肌触りをしていることがわかります。今や国中でとんがりぼうしブーム。けれど王子さまと同じ色のものをつけることは、なんとなくタブーになっておりました。国民は皆王子さまを尊敬し、そして愛しておりましたから。

 そんな王子さまには、ひとつの悩みがありました。

 今年夏のはじまりに誕生日を迎え、王子さまも齢十八となりまして、そろそろご結婚の時期と囁かれておりました。
 国中は数カ月前からあわただしい様子。皆思い思いに生活をちょっぴり切り詰めて、お祝いの準備をしております。国民の間でまことしやかに語られる噂いわく、『王子さまは来月の満月の日に、隣国の姫さまと結婚なさる』ということ。確かにここ最近、隣国からの使者が増えている模様でした。
 月替わりの一日目、国王が城前広場に皆をお集めになりまして、噂は正式な決定と変わります。国民たちは大騒ぎです。姫さまはどんな方なのだろう。子どもたちが吟遊詩人や旅芸人、商人などにお話をせがみます――「ねえ、となりの国の、おひめさまのお話をしてってば!」街を出ないパン屋の婦人なども、井戸の周りで集まって、見てきたかのように姫さまの噂をするのです。
 どの噂もこのように語っておりました――「姫さまはとっても美しく、聡明なお方。気立ては優しく、穏やかな方。まさしく王子さまにふさわしい!」
 だから国民は皆わくわくしてご結婚の儀を待ちわびておりました。……姫さまが大したこともないお方ならば、国民が許しません。喜ぶ国民の中にはちらほらと、武器の準備をする者すらいたのです。
 それほど王子さまは愛されておりました。

 悩みとは姫さまのことでしたでしょうか?
 本当は姫さまは、王子さまにふさわしくないお方でしたのでしょうか?

 いいえ、姫さまは確かに噂通りの人であったのです。

 お祭り用に装飾されたとんがりぼうしは飛ぶように売れました。街でとんがりぼうしを被っていない者はよそ者の他ありえません。国民は被りもののない人を見ると、余計に買っておいたとんがりぼうしを持ってきて、そうしてお節介にも手渡すのです。「素敵な帽子だろう?」と言って。
 そんな国の様子を、物憂げに見つめる王子さまの姿がありました。塔の一番てっぺんで、お付きの魔法使いと魔術の練習を行っていらっしゃったのです。王子さまはもう習うこともないほどの腕前でございましたが、何しろ王子さまは魔法使いをよく信頼し、そして大好きだったのです。
 王子さまは珍しく、ぼうしを脱いでいらっしゃいます。王子さまときたら――これは国民には内緒のことなのですが――夜寝る時と、お風呂に入る時、そして魔法使いと二人きりの時にしか、ぼうしを脱ぎなさらないのです。着替えなどもメイドには任せず、全部自分でなさるのです。ぼうしはどこへ行ったかというと、魔法使いが持っていました。糸のほつれを直しているのです。
 薄暗い石造りの部屋に、窓は一つしかありません。本がとても沢山散らばっておりましたから、ランプのような照明も危なっかしくて置いていられません。ですから、光と言えばその窓からしか入ってこないのです。魔法使いはもう何年も生きておりましたから、糸のほつれを直すくらいのことは、あまり手元が見えていなくてもできました。王子さまはたった一つの窓辺を占領しています。その麗しいお顔は昼下がりの太陽に照らされて、強く影を作っておりました。
「なあ、やはり世継ぎは必要だよなあ」
 王子さまが不意に、閉ざしていた口を開かれました。王子さまは今日、昼餉が終わってからずっと、こうしてここに座っていたので、少し口がからからと渇き、うまく声が出ませんでした。けれど魔法使いはそういう王子さまのお心はよく踏まえておりましたので、「そうですね。それが王子さまのお勤めの一つでもございますから」と笑いを含んだ声で言いました。
「笑うな。僕は真剣なんだ」
 王子さまが魔法使いの方に振り返ります。金色の美しい髪がさらりと揺れました。青い深い色をした瞳が、きっと魔法使いを睨みつけましたが、また王子さまは肩を落としてしまいました。
 王子さまはそっと、髪の毛を撫でつけました――いや、そうではありません。王子さまはどうやら頭のてっぺんが気になるようです。それは普段、とんがりぼうしで隠れている場所でした。
「姫は、どう思いなさるであろうなあ……」
 そこにあったのは鋭い、トゲのようなものでした。
 そうです。王子さまには東方の神話に出てくる、鬼のようなツノがございました。それこそ王子さまのお悩みであったのです。


未完ですが結構気に入っているもの。


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