バレンタインデーの災難

お題:間違ったプレゼント 制限時間:30分


 その年のバレンタインデーは災難だった。

「よ」
 かるくひらりと手を上げると、幼なじみも同じく手を上げて応えた。昼休みの廊下はそこそこに人通りがあった。肩に提げた鞄をあさり、一つの包みを手にする。はい、と手渡すと、カナは「もっとシチュエーション設定とかはないのか!」とむくれた。
「……いらんか?」
「いる」
 ふんだくるようにそれを受け取って、それから彼女は少しはにかんだ。
「誕生日おめでと」
「ありがと」
 短い会話だ。昔からそうだった、殆ど惰性だ。二月十四日、一般の人々と、受け取ると渡すの関係が逆転する。バレンタインデーなんて言葉、昔は知らなかった。
「なんで誕生日の私が、人にものをあげなきゃいけないの?」
 そう胸を張って言ってのけた、それが昨日のことのように思い出せる。
「じゃ、俺メシ食ってくるから」
 そうやってまた手を振って、それを別れの挨拶とする。

 教室に戻って、席につく。弁当を出そうと再びあさった鞄の中は、家を出た時にはなかった包みがいくつかあった。
 女子というやつは、どうしてまた、「クラスメイトだ」というだけの理由で、手作りのものを色々と押しつけてくるのか。コウヤは甘いものが苦手だった。その場で捨てたいくらいだったが、後が怖い。
 はぁ、とため息をつきながら、やっとコンビニで買ったおにぎりを探し当てる。奥の方に追いやられたそれを取り出すとき、妙に見慣れた包みが一つあった。
(……あれ)
 何の気なしに取りだすと、なるほど。見慣れているのも道理だった。
 それはカナの為に用意した、誕生日プレゼントだった。母に包みを頼んだら、やたら女子ウケしそうなものを渡されたのだ。女子が色々渡してくる前は、鞄を開けると嫌でも目についたから、なんとなく印象に残っていた。
 すると、さっきカナに渡したのは、なんだったのか。
 勢いよく席を立った。突然の行為で、周りが少しびっくりしたようにこちらを見た。しかし構っている場合ではない。食堂で友人と合流するつもりだったが、そういうわけにもいかなかった。
 彼女のいる、F組へと走る。


 教室に戻ってすぐ、ウキウキしながら袋を開けた。コウヤがどう思っているかはしらないが、カナとしては、毎年この日に行われる、この『儀式』が実にお気に入りだ。女子の心なんてさっぱりわからないような彼が、自分の為にあれやこれや頭を悩ませて、女性向けの小物屋なんかで買い物をしている様を想像するのは、なかなか面白い。包みは母に手伝ってもらっているものの、中身はちゃんと自分で買っているらしい。
 紐を解いて、あれ、と思わず声が上がる。彼にしては珍しいことに、食べ物と、それから手紙入りである。
 あいつ、バレンタインデーなんて意識するタイプだっけ? あれか、いわゆる『逆チョコ』ってやつか。いや、これはクッキーだけど。とりあえず、クッキーより前に、手紙の方を開けることとする。
 実に丁寧な字だった。あいつってこんなに字綺麗だったか。高校に入って、随分上達したなぁ。そう思いながら読み進めていく。宛名も差出人名もない、ふむふむ――と、実に衝撃的な内容である。
「へぇっ!?」
 思わず変な声が出た。隣にいた友人が、何事かと覗きこんでくる。咄嗟に隠そうとしたが、どうも文意を汲み取るに充分な時間であったらしい。「おおー、ついにあの夫婦がカップルに!」友人の声はやけによく教室内に響いて、ただでさえ浮ついていた教室中が更に盛り上がる。不覚、わなわなと震えるカナの背中を、その友人はパシンと叩き、ぐっと親指をつきたてた。
 何が、ぐっ、だ! 机につっぷして、机に頬を押しあてる。ひんやりとして気持ちいい。

 その時、F組の教室のドアが、壊さんばかりの勢いで開けられた。カナ以外の全員が、咄嗟に視線をそちらへと向ける。彼はそれを意に介さず、声を上げた。
「カナっ、さっきの、あけるなっ――」
 珍しく狼狽した様子の声は、しかし、完全に硬直したカナには届かない。
「もう開けてたか……」
 はあと彼はため息をついて、囃したてる他クラスの人間を一瞥すると、真っ直ぐカナの元へと向かった。カナの友人が、にやにやとしながらその肩を小突く。
「ほら、行ってきなさいよぉ」
「ま、まだ心の準備が……ひっ!」


いつになく中途半端。制限時間30分のほうがかえって書けないということがなんとなくわかった作品です。


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