彼の身体に指を這わせるのは、幾日ぶりのことであっただろうか。──なんだか記憶が曖昧で、思い出そうとすればとろけるように。あぁ、と思考を放棄する。思い出せないことなど、さほど重要ではないのだ。
今、必要な情報は。彼が目の前に居て、私がここに座っていて、その足をつけている場所はふかふかとしたベッドの上で、少しでも身じろげば、ぎし、とスプリングが音を立てる。この、状況だけ。
「……久しぶりね」
ぽつん、と声をあげれば、彼はそうだね、と笑った。彼と付き合い始めるまで、暫くのブランクがあった。勿論、男性経験という意味で。数年感の空白は、自らの”女性”を衰えさせてはいないかと不安だったけれど、その実、私はあっという間に”女”に戻っていた。
好きよ、と繰り返すのは、不安からか。照明を落とした部屋の中、じっとりとした空気が肌を刺す。喉を締め上げるような──息苦しい、感情。
私は、彼のことをほとんど知らない。
彼のことで知っているのは、その身体の相性だけで。
「いい?」
ぽつり、と彼は問うた。うん、とかすれた声で囁いた。
何度も、何度も。こうして繰り返してきたこと。
──こういう形でしか、私は安心を得られない。
隔てるものも何もなく、彼の素肌を感じる。
そういうことが出来なくなれば、あっさりと人を捨ててしまう。
遠距離恋愛になって、そのまま自然消滅した彼は──今頃、どうしているだろうか。
そんなことを。欲に溺れながら夢想する。
元より、行為の最中はいつだって酷く冷静で。溺れるような自分と、醒め切った自分が、意識の中に同居するようにして存在する。俯瞰した意識が、”溺れなくてはいけない”と時折思い出す。
嬌声も、所詮そんな程度のもので。
「貴女はいつもそうだね」
後になって彼は言う。
「本当に気持ちよかった? 俺じゃ、満足できなかったりしない?」
不安げに表情を伺うその身体に、汗がびっしりと浮かんでいて。よく鍛え上げられたその四肢が、酷く美しくて。
だから。
「そんなこと、ない。私、いつも満足よ」
にこり、と笑う。
その身体は、まさしく私好みのそれだった。
「そっか、なら良かった」
それを聞いて、本当に、嬉しそうに。
彼は破顔して。
「また──捨てられたら、悲しいから。結構頑張ったんだ、これでも」
そんなことを、呟いた。
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