休ませてもらった翌日、私は村の人と相談した結果、森での狩りを手伝うことになった。
と、いうのも。アオの能力で、獲物を探しやすくなるらしいのだ。
「アオが……ですか?」
「うん。うちじゃ魔獣と契約できる人がいないから」
狩人の男に曰く、契約魔術とひとくちに言っても、契約を結ぶことのできる相手に個人差があるのだという。
同族とは結ぶことができないのは共通である。人族なら人間族、魔族なら魔族、妖精族なら妖精族。こういった種族による制限とは別に、契約の適性というものが存在している。
私は、契約魔術が使えるのであれば誰でも、動物とも魔獣とも契約を結べるのだと思い込んでいたが、実際にはどちらか片方であることも多く、また動物や魔獣でも『蹄を持つ動物』とか『植物的な魔獣』とか、得意な相手というものが限定されていることがほとんどなのだという。
なお、人族、魔族、妖精族の三種に対しての契約は、知性が他の種族に比べて高く、契約難度も跳ね上がる他、適性を持つ者も少ないようだが、同族でさえなければ一切契約ができないというわけでもない。
自分に関わることなのに、そういったことを知らなかったのは、契約魔術に関して知ることのできた内容が、故郷では少なかったためである。
この村には動物――馬とか牛とかとの契約を行える人はいて、実際に契約された動物たちが生活しているけれど、魔獣との契約を行える人はいないらしい。
どちらかというと、動物よりも魔獣の方が適性を持つ人は少ないのだとか。
そこで、私が契約しているアオの能力が使いどころが生まれるということである。
アオ――スライムの危機探知能力は、正確には気配探知。周囲にいる生物の気配を察知し、敵意あるものがいればそれを教えてくれる。つまり、敵意ないものも察知はしているのだ。
だから、そういった敵意のないものから、獣の気配だけを抽出して教えてもらう。スライムは発声器官をもたず、会話は不可能なため具体的な位置を知ることができるわけではないけれど、契約者である私は『だいたいどのくらいの距離に』『どういうものがいる』ということを感じ取ることができる。
その情報を、狩人に伝えればいいというのである。
「いやあ、助かるよ。なんとなく経験的に、どのあたりにいるとか、どこに罠を仕掛けたらいいとかはわかるんだけどね。確実にいるってわかってると、やっぱり成果が違うから」
「そういうもの、ですか」
流石にあまりに距離が近づいてからでは、気配を察されて逃げられてしまうから、それなりに離れた位置の気配しか伝えなかったから、タイムラグが生じて、辿り着いた頃には移動済み――ということにならないかと心配していたのだ。
しかし狩人に曰く、そのあたりも織り込んだうえで距離をつめたり罠を置いたりしている、のだという。
情報はその活かし方によって価値が変わるのだな……と、わかりきったことを噛みしめた。
狩りを手伝って、その日はいつもよりよく野うさぎや猪が獲れたから、私もいくらか分け前として焼いた肉を食べさせてもらえたし、それに加えて干し肉までもらうことができた。
どちらか辞退しようかとも思ったのだが、最近狩りがうまくいかず、肉が少なかったのだという。久しぶりの大猟をもたらしてくれたからと、半ば押し付けられるようにして受け取った。
――この村の人々は優しかったけれど、優しかったが故に、私がここにとどまるのは問題があることをきちんとわかっている。
「すまないね、あまり色んなものは渡せないんだけど」
夜、村長はそう言いながらも、お古の鞄と、手頃な水筒をくれた。どちらもお古だけれど、私が持っている鞄は今にも穴が空きそうだったし、水筒だっていつ水漏れするかわからない不安と戦っていた。それに比べたら、ずっと上等だ。
何かお返しを、と思ったが、お返しするものもないし、お古でそろそろ捨てようと思っていたものだから、とこれもやはり押し付けられてしまった。
頭の上で、アオがぽよぽよと跳ねる。それが”もらっておけ”と言っているみたいで、私も素直に受け取ることにした。
「いえ……こんなにいただいてしまって。ありがとうございます。……むしろ、ご迷惑おかけしてばかりで、すみません」
私は手を組み、左ひざをついてこうべを垂れた。これが最大級の感謝を示すしぐさだと教わっていた。しかし村長は、ほんの少し顔をしかめながら私を立たせた。
「創世教風のやり方が君なりに感謝を示していることはわかっているけど、|この国《シュロピア》ではやらないほうがいい。最近創世教に対する印象が悪い人も多いから」
「そう、なのですか」
私は焦った。これ以外に感謝を示すやり方がわからない。それが見て取れたのか、村長はしかめていた顔をゆるめ、苦笑しつつも、感謝の仕草を教えてくれた。
「左手を胸にあてて、軽く頭をさげて――そう、そうやっておじぎをするんだ。感謝がいっぱいだったら、そのぶんたくさん頭をさげる」
「こう、ですか」
頭が揺れるからか、アオが跳ねて肩の上に乗った。
その動きは、はじめてするはずなのに、左手を胸に添えるほかは妙にしっくりきた。
「そうそう、腰から曲げるときっちりした感じがするんだ。今してるみたいに。そこまで教えてないのに、綺麗にできるね、クロエは」
私は曖昧に笑みを作った。多分、これは『前世の私』も同じ仕草をしていたのだ。知識としての記憶しか残っていないと思っていたのだけど、体が覚えているということも少しはあるのかもしれない。
「そうやってありがとうって言っていれば、クロエに感謝が足りないとか言う人はそうそういないはずだよ」
「はい。……村長さん、色々していただいて、本当にありがとうございます」
私は教えられた通りに、頭を下げる。顔を上げた時、村長は複雑な表情で私を見ていた。
「こんな幼い子を――十歳になったとはいえ、旅立たせるというのはひどいことだと思っている。本当はうちにいてもいいと、言ってやりたいのだが」
「……いえ、仕方ありません。むしろ、何もせず放りだしてくださってもよかったのですから」
村長は一度私の体を抱きしめた。そうして背中をぽんぽんと叩いてくれた。また泣きそうになったけれど、今度は耐えることができた。
「明日朝はやくに出ていきます。何もお返しできず、すみません」
「いや、狩りを手伝ってくれただろう。それでお返しは十分だよ」
「……いつか、私が落ち着いて暮らせるようになったら、またここに来て、きっとお返ししますから」
肩の上で、アオが跳ねる。約束だよ、と言っているような気がした。
翌日、陽の昇る前に私はネーベ村を出た。畑仕事をする数人はもう起きていて、口々に私にお別れを言ってくれた。村長も見送ってくれた。
次の目的地は、フラハという町である。ここからだと一番近い町なのだそうだ。だいたいの村や町の位置関係も、昨日のうちに教えてもらっている。
ここに着くまではあてずっぽうだったけれど、ようやくまともな旅がはじまると言えた。
手を振ってくれる村人たちに手を振り返しつつ、浮かんでくるここで暮らすことができたらな、という思いを奥底にしまい込む。
今後、こんなに優しい人ばかりに出会えるとは限らない。気を引き締めないと、と思う。故郷がまだましだったと思うことが、ないとは言えないのだ。
だからこそ、優しくしてくれた人に、たくさんの感謝を返すことを忘れないようにしたい。
(いつか、きっと――いや、ぜったい、お返しに来よう)
そう心に決めて、私はまた、森の中を歩きだした。