恋する淫魔と大剣使いの傭兵

二章 | 08 | 次の朝、旅の再開


 翌朝。

 シェスティが目を覚ましたとき、日はすでに昇っていた。旅に出て以降、ほとんどの日は夜明けの少し前に目を覚ましていたことを考えれば、寝坊とも言える時間だった。

 勢いよく起き上がってあたりを見渡すと、ゼルギウスはもう服を着ていて、ちょうど目が合った。

「……おはよう。よく寝られたか」

 彼はそう言ってからすぐ、気まずげに目を逸らした。普段よりも一段と声が低く、どうも目つきも悪い。

「ふぁ……おはよう、ございます。はい。ちゃんと寝られたと、思います」

 結局、寝れない寝れないと思っていたわりには熟睡していた。自分が思ったよりも図太いのかもしれないという気がして、ひとり苦笑する。

「そうか。……。なら、すぐ服を着たほうがいい」

 そう言われて、はた、と気が付いて自らの体を見下ろせば、完全に下着同然の恰好。薄手のキャミソールワンピースは、若干肌が透けてしまう。しかも寝ている間にすっかりはだけてしまっている。ばっと布団で体を隠した。

「着替えは……ああ、昨日適当に持ってきた中にあるだろう。そのあたりを探してくれ」

 ゼルギウスは雑に積まれた荷物の山を指した。

「あ、は、はい……」

「俺は先に食事をとってくるから、ゆっくり着替えて準備したらいい」

 言いながらゼルギウスは軽くあくびを噛み殺した。

「珍しいですね、あくび」

 部屋からすぐ出ようとするゼルギウスにそう声をかけると、彼は振り返らずに、

「……酔いすぎたな。寝過ごした」

 とぼそぼそとした声で返して、そのまますぐ食事に行った。

(寝過ごしたっていうより、寝不足気味だったみたいだけど……)

 野宿もすることがあると語っていたゼルギウスのことだから、短く深く眠ることができるのだと思っていたが、寝不足になるのかと少し驚く。

 けれど、考えてみれば、昨日は結構お酒を飲んでいたようだった。お酒を飲むと眠くはなるが、眠りそのものは浅くなると聞いたことがあるから、そういうことなのかもしれない。
 そう納得してから、シェスティは急いで服を着替えて食堂へと向かった。

 食事を持ってきた女将さんにドアを壊したことを、ゼルギウスが謝ったのだが、逆に謝られてしまった。どうやら息子がシェスティの部屋に侵入したことはすでに分かっていたらしい。

「弁償を……」

「そんなの貰えないよ! むしろ助けてもらったのに恩を仇で返すようなことしちゃって、本当にごめんなさいね」

 結局ゼルギウスが出そうとしたドア代は受け取られることはなかった。息子本人からも謝罪があり、シェスティ自身がすぐ助けてもらったこともあってほとんど何もされていないに等しいのだと言った。あまり大ごとにしたくないと言ったこともあってそれ以上追及はされないことに決まった。

(悪いのはある意味私だし……)

 〔催淫〕については種族上、ある程度は仕方がないとはいえ、酒の入る席に長居しすぎたのが悪かったのだ。

 ――というか、根本を辿ればサキュバスが人間のふりをして人間のようにふるまっているせいで起こったことだとも言えるから、『ある程度は仕方がない』と思うこともおこがましいのかもしれない。

 宿の息子他何人かには、遭遇した限りで〔解呪〕をかけておいた。寝るとある程度効果が薄まったりもするのだが、おかげで少し魔力の枯渇が深刻だけれど、道中でどうにか補うことにしよう。

 食事を済ませ、準備を終えた頃には、もう日はすっかり高くなっていた。

「あんなことがあった手前嫌かもしれないけれど、よかったらまた寄っていってね」

 普段よりかなり遅い時間の出発だ。村の人々も皆起きだしていて、見送りはいらないと言ったのに、結局総出で見送られる。

「ええ、はい。近くに寄ったら、またご挨拶します」

 シェスティが頭を下げると、女将も笑った。

 村に滞在していたのはたかだが数日だったのに、二人旅は久しぶりのように感じた。街道沿いに草を踏みしめて、遠く広がる大地を見ていると、胸がどきどきしてくる。
 テンベルクに限らず、ベルグシュタット地方は山がちの地形だから、こうして起伏のない草原を見ていると、それだけでなんだかわくわくしてくる。

 歩きながら、ゼルギウスに問いかける。

「次は、フィールファルベという町でしたよね?」

「ああ。……すまないが、途中の村に寄っていくと少し遠回りになるし、その――手持ちの資金が底をつきそうでな。野宿することになるが、いいか?」

「はい、構いません。……すみません、私がお金をもう少し出せていたら、泊れたんでしょうけれど……」

「いや、構わない。貴女にとっても急なことだったのだからな。……それに、今まで避けてはいたが、野宿というのも旅らしさがあるかもしれない」

 そう言って微笑みかけられて、思わずシェスティも笑顔が浮かぶ。

「はい。……はい! なんだか、楽しそうです」

「まあ、続けば嫌になるだろうがな」

 ゼルギウスは少し苦笑いして、まあたまになら楽しいこともあるだろう、と言った。

 野宿の際に必要となる結界石は高価ではあるが、宿泊費用に食事代を合わせたものと、比較すると、二人分ならむしろ宿代のほうが高くつく場合もある。
 フィールファルベに着けば、貯蓄があるから、今手持ちがなくても、フィールファルベでどこにも泊まれない等という自体にはならないらしい。

 それに、村で行った魔獣討伐の際、得られた魔石を売却することで、それなりにお金が得られるのだという。それなりの強さの魔獣の魔石が複数個あれば、しばらくの食事代くらいはまかなえるとゼルギウスは語った。

 町に着いてからその先どうするということも、二人の間ではまだ決まっていない。不安はあったけれど、それ以上に楽しみだった。

 ――昨夜のようなことがまた起こらないように、十分に気をつけなくちゃ。

 シェスティは肩から下げた鞄のひもをぎゅっと握りなおして、また歩き出した。

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