恋する淫魔と大剣使いの傭兵

閑話 | 02 | 欲と感情


「……あんなことがあった後で男と同衾するのは嫌かもしれないが、床で寝ると布団で寝るとでは熟睡具合が違うものだ」
「いえ、はい、えっと、その……」
「心配するな、誓って貴女には何もしない」



 そう言ってゼルギウスは目を閉じる。しばらく狸寝入りを続けていたが、あれだけ身を硬くしていたシェスティは、ほどなくして眠りについたようだった。



 ――ということがわかった程度には、ゼルギウスは眠れずにいた。



 薄く目を開ける。可能な限り距離は取るつもりだったが、流れでものすごく距離が縮まってしまった上に、彼女はそのまま寝た。ほんの少し身をよじれば触れてしまう範囲で、シェスティは寝息を立てている。不安げでもなければ顔をしかめているわけでもなく、警戒心のない寝顔。慣れで夜目が効くのも今ばかりは問題だ。

(落ち着け、護衛対象だ――)

 ぞわり、と這い上がってきた『何か』を抑え込むように目を閉じた。護衛が護衛対象に無体を働きそうになるとは何事だ、と小さく深呼吸して気を鎮める。勢いと成り行きでこうなってしまったが、ゼルギウスはかなり同衾したことを後悔していた。

 ――今の今まで、彼女が女性であることを、あまりに意識せずにいた。

 もちろん異性として相応に気遣ってはいたつもりではあった。女性として扱っていたつもりだった。しかしながらそれはあくまで護衛対象に対する気遣いとしての『意識』であって。

 町から出たことがないからか、体が弱いからか、物を知らず、好奇心に目を輝かせながら道を行くシェスティは、顔だちにまだ幼さが残る。そういうところが|そそる《・・・》と考える男もいるのだろう。時折そういうトラブルに巻き込まれかけているような雰囲気があった。
 しかしそれについても別に、ゼルギウスは『そういった事実がある』という認識程度で、自分がその思考の主体になったわけではなかった。

 しかし、うっかり直視してしまった乱れた格好、そうして目の前で眠る無防備な姿。小柄な身長の割に、体は非常に大人びていて、随分――起伏が激しい。普段彼女はふわふわとしたワンピースを着、露出を限りなく減らしているが、おそらくあれは体型を隠すためにわざとそうしているのだろう。着やせしているのがよくわかった。



 端的に言って、完全に欲情していた。



(……そんなつもりは……)

 思春期が来るか来ないかという頃には、出奔したノルベールの護衛として旅をしていた。奴は結構女慣れしたほうで、家を出て数年後にはそこそこに遊んでいたようなのだが、ゼルギウスはそういったものにかける時間があれば鍛錬をしたいと言ってその遊びには付き合わなかった。
 護衛をやめた後も、仕事上関わる女性はいたが、ここまで接近したことはない。旅をしている関係上、特別親しい関係の人間は同性でさえそういないのだから、まして女性でいるはずもなく。

 しかし別に、一切興味がないわけではない。

 一般的な結婚適齢期は過ぎたのに、なお経験がないのはかなり口にすると馬鹿にされる案件なので、問われた場合は興味がないのだと言い張ってきたが、全く興味がないわけではない。ただ機会がなかっただけで。

 ――そんな枯れた、もとい、剣にかまけた人生を送ってきたところで突然|これ《同衾》である。

 別に恋愛感情を抱いているわけではない。心底そういうつもりはなかった。そういう相手でもこの近さにいるとどうしても意識してしまう。

 先ほどは襲われたばかりのシェスティを不安にさせないために、まったく興味のないようなことを言ってみせたはいいものの、実際のところはだけた格好を見た時点でまずいと思っていた。それでも彼女をなるべくは早く、ちゃんと休ませてやらねばならないと思い、最短でそれを実現するために同衾という結果になった。それはいい。別に後悔していない。彼女のためを考えて最善を取ったという意識は今でもある。

 後悔していないのだが、そろそろ本格的にまずいので床で寝たい。

 薄目を開けるとシェスティはすっかり寝入ってしまっていた。すぐ傍にいる人物が何かしてくるとは到底思っていないのだろう。目を覚ます気配はない。

 それを見ていると自分が欲情しているのが、欲情しているというだけで、物凄く罪深いことのように思われてくる。彼女は自分がこのような者ではないと期待しているはずなのである。一瞬契約時に不貞行為は禁止事項として含まれていなかったなと思い出し、慌てて唇を噛みしめた。

 ――いよいよもって床で寝たい。

 彼女が目覚める気配はなさそうだった。今抜け出して自分は床で寝るべきだと体を起こそうとしたところで、シェスティが身じろぐ。思わず身を硬くした。

「……ん……」

 なぜか寄ってきたシェスティが、硬直したゼルギウスの胸元に頬をこすりつける。柔らかい髪が少しくすぐったい。彼女はそのままぴたりとゼルギウスにくっついたまま、すやすやと気持ちよさそうに眠っている――――。

(――勘弁してくれ)

 そのまま彼はほとんど明け方まで寝入ることができず、ようやく寝たと思ったら口に出すのも憚られるような夢で飛び起きた――と、いうことは、ついぞシェスティが知る機会はないのだった。

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