恋する淫魔と大剣使いの傭兵

閑話 | 03 | 呪詛除けの魔道具


 ――サキュバス同士の抗争が終わった数日後。フィールファルベ、とある宿の一室にて。



「ペンダント――ですか?」
「ああ。結局、どういうものだったんだ?」

 ゼルギウスに聞かれて、ポケットからペンダントを取り出した。外に出るときはつけていたが、ゼルギウスと二人の時は外しているのだ。
 そういえば、あの時はその貰った経緯を詳細に語ることができず、うやむやにしてしまっていた。

「えっと、実はこの石が魔石になっていまして」

 とシェスティはペンダントを指した。細いチェーンに、赤色のつやつやと輝く石がさがっている。

「呪詛除けの護石に込める魔術を、逆向きにはりかえたようなものだそうです。私、サキュバスなので、常に弱い〔|催淫《チャーム》〕が発動しているんですが、それを外に出さないようにするみたいで」
「そうだったのか」

 ゼルギウスは真顔でその石をじっと見つめた。

「それで、一人で外出することが増えたのだな」
「あ――そう、ですね……」

 苦笑いする。露骨な行動の変化に、少し不審がられていたのかもしれない。
 それにしても――ノルベールは、シェスティがサキュバスだということは言ったにもかかわらず、このペンダントの話はしなかったのか。なんとなく意外だった。

「あと――これは信頼されていなかったせいだと思いますが、この魔石を破壊すれば、ノルベールさんに通知が行くのだそうです」
「ほう」

 なるほど、と彼は頷いた。

「シェスティ、そのペンダントを貸してくれないか」
「……? かまいませんが、何か気になることでも?」
「ああ」

 見た目に大してこまやかな細工があるわけでもない品なのだが、一体何が? 疑問に思いつつも、手に持ったままだったペンダントをゼルギウスに渡す。
 ゼルギウスは受け取ると、しばらくそれを手のひらの上に乗せて見つめていたものの――次の瞬間、はまっていた魔石グッと握りつぶした。

「ちょっ……なにをっ!?」

 止める間もなく行われた破壊活動に、シェスティは目を見開く。魔石はそう柔らかいものでもないけれど、壊そうと思えば簡単に壊れる。彼の手の中で呪詛返しは効力を失っていた。

「明日ノルベールに会いに行く。呪詛除けは――おそらく、もっと小さい魔石でもできるはずだ。アクセサリはまた買いなおしに行こう」

 彼はシェスティに反論の余地を残さず、畳みかけるように言い切ると席を立った。

「じゃあ、おやすみ」
「ちょ――待って、待ってくださいってば、ゼルギウスさん――!?」



 翌日。

「……なんだ、変なタイミングで壊れたと思ったらそんな事情?」

 経緯を説明されたノルベールは、呆れた、とでも言いたげな表情を向けてくる。
 シェスティの残っていた仕事が終わった後、商店街の一角にて一向は合流していた。夕前の鐘から少し、そろそろ人も増えてくる頃合いだろう。

「ゼルギウス……、その呪詛返し、それなりに頑張って編んだんだけど」
「依頼人が俺の知らぬうちに監視されていたとあっては護衛として見逃せんだろう」
「いや確かに通知機能は仕込んだけど、それ除けばむしろその子の助けになるものだったと僕は思うんだけどな」

 などと言いながら歩くゼルギウスの隣で、シェスティは小さくなって歩いている。なんだかんだ楽を知ればそれに慣らされてしまうというもので、久しぶりに浴びる視線の量に、以前以上の居心地の悪さを感じていた。

「魔石だってタダじゃないんだよ? それだって加工費含めて結構したのに」
「ああ――その分は俺が支払う。代わりになる装飾品も俺が出そう」
「えっ……ちょ、ちょっと待ってください、さすがにそこは私のものですから、私が」

 それまでどうも口を挟みにくかったシェスティも、それには反論するのだが、

「中身はどうあれ依頼人の所有物を壊してしまったのだから、その弁償はするべきだ」
「……なんか突っ込みたい気もするけど、筋は通ってる気がしないでもないかな、うん」

 ――と、どうやらお金を出させてくれる気はないらしい。

「呪詛除け|のみ《・・》ならもっと小さい魔石でも込められるだろう。大した額にはならん」
「……まあ、そうなるね。……ほんと、時々妙に屁理屈がうまくなるよな、お前……」

 そんな話をしながら、三人はいくつかの店を回った。



 最終的に購入したのは、ペンダントではなくブレスレットになった。魔石も小ぶりになったので、そこまで邪魔にならないし、ずっとつけていることもできる。

 当初は指輪という案もあったのだけれど、なんとなく気恥ずかしく、丁重に辞退した。シェスティは常に手袋をしているので、その上からつけやすいもの、という意図もあった。

「ありがとうございます」

 商店街を歩きながら、ブレスレットをつけた。なんとなく向けられていた不躾な視線が、ブレスレットをつけると少し減る。〔催淫〕そのものの発動を阻害するわけではないので、魔力を消費していることには変わらないのだが、精神的にぐっと気楽になるのだ。

「通知は入れてないから、壊れたりしたらギルド経由で連絡入れて。……たぶん、ゼルギウスからもらったほうが無難だと思うけど」
「そ、そうですね……」

 以前ギルドで変に揉めてしまったことを思い出して、シェスティは俯いた。そういえば、あのことはゼルギウスに話していない。――話す間もなかったけれど、話すことでもない、という気がしている。
 それを知ってか知らずか、ゼルギウスもそうだな、と肯定する。

「俺たちは一度フェルトシュテルンへ向かってから、メーアヴィンテの方へ行くつもりだが、お前はどうするんだ? しばらくはフィールファルベにいるのか?」

 フェルトシュテルンはこの地方の中央都市であり、メーアヴィンテはそこから北へ向かった海際の町である。

「んー……そう、だね。しばらくフィールファルベに滞在したあと、いったんフェルトシュテルンに戻るかなあ。あっちに工房があるから」

 ノルベールは魔道具師だ。普通の魔道具師は工房で魔道具を作る――というより、ギルドに工房を登録している必要があるのだ。ノルベールは|〈個人技能〉《アビリティ》で、魔石に魔術を込めるための専用の道具を用いなくても魔術具を作ることができるため、工房がなくとも魔道具師としての仕事は行えるが、魔道具師として製作ギルドに籍を置くために工房を持っているのだという。

「目的地が一緒なのでしたら、一緒に移動したらいいのでは? 私たちは、そう急ぎの用があるわけでもありませんし……」
「やだよ、胸やけしそうだもの」

 シェスティは首を傾げるが、ノルベールは大げさなまでのため息をついて首を振った。

「僕は属性が多いから君たちと違って結界の魔石とか買わないでも自分で作れるんだよ。一人旅には慣れてるし、わざわざ一緒に行く必要はない」
「そうだな。こいつのことはそう心配しなくてもいい」

 ゼルギウスも頷いて、結局別に移動することに決まった。本人がそう言うなら仕方ない。
 実のところゼルギウスと二人きりが、非常に緊張してしまってならないから、一緒に来て欲しかったのだが――そうはさすがに言えなかった。

「……じゃ、僕はこの辺で。知り合いとは言え、次からはもうちょっと製作費もらうからね。それ、壊さないように」
「はい、気を付けます。ありがとうございます」

 ノルベールはひらりと手を振って、そのまま人込みの中へと消えていった。

「俺たちも宿に戻ろう」

 少し前まで泊まっていた宿舎はもう引き払っている。本来なら今日にはもうフェルトシュテルンへ出発しているはずだったのだが、ブレスレットの一件で、思っていたより長くフィールファルベにとどまってしまった。

「もう急に壊したりしないでくださいね」

 シェスティが苦笑しながらそう言うと、ゼルギウスも少しだけ笑った。

「……ああ」

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190208 掲載


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