倉庫

上原のあ@uen70ika

No.152

Weapon in Twin,WIT_SS

糺キアちゃん 即興小説SS
糺キアちゃん 即興小説SS

お題:庭園・早朝・ドキドキ
(多分20分くらい書いてたしまとまらない)

#-うちよそ #-糺雷



 朝露に濡れる木々がほんのりと甘い香りを漂わせている。
 五月ともなれば、少し肌寒くはあるが耐えられる程度だ。腕をさするキアムドゥスに上着をかけてやる。

「糺雷、風邪引いちゃうよ」
「……平気」

 お前の方が引くやろう、と心配される度に思う。
 甘い香りはどこか懐かしさのようなものを覚えた。クチナシに似ている気もする、柔らかい香り。白い花が眼前で花開いている。
 出先で見かけた庭園に、東の島国風にしているものがあった。その中の木のひとつを、キアムドゥスは「柑橘がある!」とめざとく指さしたのだ。植物学がそう飛び抜けて得意というわけでもないはずだが、柑橘だけはすぐにわかるのが彼女らしい。

 しかしそれでも品種について細かいことがわかるものでもない。近寄れば立て看板があるだろう、と勢いのいいキアムドゥスについてその木に近付き、文字を覗き込む。

「……たち、ばな」
「たちばな……ああ、橘か」

 確かに島国のほうが原産の木だったはずだ。寒冷地では育たないらしく、機関のあたりでは見たことがない。

「非時香木実、やな」
「とき……なに?」
「実ぃがな……非時香木実(ときじくのかぐのこのみ)。……不老不死の実や、って言われてた」
「え……そうなの?」
「迷信やけど」

 そうなんだ、とキアムドゥスは少しがっかりした表情を見せる。

「食べたらずっと一緒にいられるかと思ったんだけど」
「生きてる限りは一緒にいるやろ」
「……。うっ、うん。…………」

 風が吹く。甘い香りが漂う。
 消耗した己の体のことはよく知っている。彼女が俺より先に逝くことはきっとない。――ないとは言い切れないだろうが、少なくとも、寿命では。
 そのときを想うとどうしようもなく苦しくなる。死を明確に恐れるようになったのが、幸福なのかどうなのか、時折わからなくなる。

「俺が――」
「……糺雷が、何?」
「不老不死のバケモンで、これ食べたらほんまに不老不死なるて言うたら、苦うても食べる?」
「食べるよ」

 キアムドゥスが即答して、笑う。

「そうしたら、ずっと一緒にいられるもんね」

 彼女が抱きついてくる。花の香りとは違う、柑橘の爽やかな香りが広がる。

「それに、ちょっと苦い柑橘も好きだよ。夏みかんとか、グレープフルーツとか……」
「……はは。そうやな」
「……そういえば、お土産屋さんにこのお花の香水もあったよ」
「たまにはええかもな。檸檬っぽいのに慣れてるけど……」









 そう、
 ずっと一緒にいられるなら、お前は迷いなく口にしてくれる、
 そう言ったのを、ずっと信じている。

 橘の花の、甘い香りが漂うたびに、思い出して、時を過ごすよすがにする。



 ――五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする




※五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(さつきまつ はなたちばなの かをかげば むかしのひとの そでのかぞする)
古今和歌集 詠み人知らず
和歌の世界では、過去の人、特に過去の恋人を想うモチーフとして、花橘の香りがよく用いられていたのです。畳む

back