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上原のあ@uen70ika

No.56

Weapon in Twin,WIT_SS

バラマルちゃん SS 2024誕生日
バラマルちゃん SS 2024誕生日

#-うちよそ #-マルテ #-バラマルちゃん



 誕生日ケーキにこれ見よがしに飾られた、蝋燭の火を消すのが嫌いだった。
 まるで刻一刻と終わりへと近づく自分の命を、自ら吹き消してしまうようだと思ったから。

 麓の街に来てからは、ある程度自由にできたから、蝋燭そのものをつけるのをやめた。ケーキも食べるのを、やめた。
 東の島国に伝わる物語に『死神』というのがあって、そこで蝋燭は命の残り時間を具現化したものとして描かれるのだそうだ。幼心に思い描いていた妄想が、きっとこうしてつかの間の自由を求めて逃げ出さなければ知ることもなかったであろう土地に伝わる物語に、同じく描かれているのがどこか滑稽に思えた。
 私だけの突飛な考えではないような気がして、おかしなことだけれど、慰めのようでもあった。




 終わりへのカウントダウンのようだった誕生日をこえて、素直に祝うことのできる二度目の誕生日を迎える。
 机の上にならんだオードブルの数々を見て、バラクムさんはちょっと笑った。

「随分()うてきたんやな」
「なかなかでしょう」

 押しかけるようにして娶ってもらった夫は、こういったイベントごとには疎そうだったのだが、仕事終わりに一輪の薔薇を買ってきてくれた。洒落っ気の欠片もなく、はい、と手渡されただけだったけれど、その気持ちが私には嬉しかった。
 その花を花瓶に活けて、テーブルの中央に置く。その周りに、私が好き勝手買って来たオードブルを並べた。本当なら自分で作ったものを並べられたらいいのだけれど、私はようやくトーストを焦がさないようにすることを覚えた程度だ。いかに『貴族』という立場に守られていたかを痛感する。

「楽しそうやな」
「ええ、楽しいです」

 死へ近づいていくだけの日は生まれ変わった象徴の日に変わっていった。それでも十一月三日という日に対してずっと抱き続けていた恐ろしい印象は拭い去れない気もして、こうして、無理に祝って払拭しようとしている。そういう自分も、自覚はしている。

 普段よりずっとにぎやかになった食卓を前にして、笑いながら食べましょうか、と促すと、彼も頷いた。



「そういえば」

 少し多すぎるくらいの料理を食べ終わった後、食後の紅茶を前にして、バラクムさんが口を開く。

「こういうのって、ケーキ食べるもんちゃうん」

 とても何気なく聞かれて、一瞬息がつまりかける。

「……あ。えーっと、なんとなく」

 彼はちらりと私の表情を伺って、「そうなん」とだけ返した。
 その無表情から、彼にとっては比較的どうでもいいことで、ただ『普通のお祝い』を確認するためだけに聞いたのだとわかる。
 ちょっとだけ、息を長く吐いた。時計の針が立てる音を数度聞いて、口を何度か開け閉めして。一口、紅茶を飲む。

「……なんというか……蝋燭が。嫌だったんです」

 バラクムさんが紅茶を口につけながら、軽く私を見た。続きを促すようだった。手にもったままだったカップを机の上に置いてから、あえてお行儀悪く、ぐったりと背もたれに体を預ける。

「なんで吹き消しちゃうんでしょう、あれ」
「さあ……」
「命の灯火って言うじゃないですか。それを、消していくって。誕生日のたびに、まるで、一つずつ…………自分の、命を…………吹き消して…………いく、みたいで…………」

 うまく喋れなくなっていく。ああ、まだ私は前へ進めていないのだと、痛感する。あの時で停滞している私がまだここに居る。ここに居て、こうして、『明日』への絶望をずっと抱え続けている。
 バラクムさんはほんの少しだけ困ったように、小さく首を傾げた。

「悪いな。変なこと聞いてもうた」
「いえ…………勝手に話したの、私なので。すみ、ません」

 煙草を一本いいですか、と問うと、バラクムさんがすぐ取り出して渡してくれた。ついでにライターも借りて火をつける。
 彼に促されて、ソファへと移った。ついでに彼も吸うことにしたらしい、二本分の煙が、湿っぽくなった部屋の中に充満する。
 軽くもたれかかる。ぼとぼとと涙が止まらなくなっていった。



 溶けていくようだ、なんて思う。泣いて、泣いて、泣き続けて。
 そうだ、……泣いたことがなかったのだ、満足に生きることを許されず死ぬことを他人に定められた、そのことについて『気丈に振る舞えるように』するために、泣くことさえ己に許していなかった。
 増えていく蝋燭が、自分で消さなくてはいけない灯火が、その滑稽なまでの陽気さが、かえって苦々しく思われても。



 ふっと涙が尽きた。
 どろどろと溶け、溶けきって、自然に火が消えるように。

「……あ」

 バラクムさんが、小さく声を上げる。
 ぽとり、と私の煙草から灰が落ちて、スカートに白い模様をつけた。
 涙でぐしゃぐしゃになったスカートを見下ろして、私はようやく笑う。

「早めに洗濯しないといけませんね」
「……せやな」

 彼は私の顔を覗き込み、「ふは」と笑い声を上げる。

「だいぶええ顔しとる」
「……笑わないでくださいよ!」

 しゃくりあげながらも反論してみせると、彼は更に大きく笑って、――ひとしきり笑ってから、煙草の灰をとんとんと落とし、灰皿に置いて。

「すっきりした?」

 と私の頬を拭った。

「…………そうですね」
「……ん」

 彼の胸に頭を預けると、拒否されることなく受け止められた。落ち着いた鼓動の音がして、だんだんと私の呼吸も整っていく。

「祝いなんて気持ちのもんやろ、好きにしたらええ」
「……ううん。でもね、やっぱりケーキは食べてみたいんです、考えてみたら……」
「そうなん?」
「ええ……その、なんか、……前に進めてないみたいで、癪ですし」
「ああ、そういうのはまあ、わかる」

 あはは、と笑ってから、「それに」と私は続けた。

「ホールケーキ、食べてみたくって。こういう機会に」
「いつでも食べたらええやん」
「特別感があるじゃないですか。一ピースじゃなくて、ホールで買うの」
「ああ、まあ、そうかな」

 一人で食べるん? と揶揄うような調子で問われて、バラクムさんも一緒ですよ、と返すと、露骨に嫌そうな顔をされた。多い、なんて言って、二人で笑う。

「不快やったら蝋燭立てんかったらええんちゃうの」
「そうですね。そうします。……ああ、でも、調べてみてもいいかも。なんで吹き消すのか。納得したら前に進めそうですし」

 ずっと囚われているわけにはいかないので、そう呟くように言って。
 明日の予定を、目を閉じながら考えた。
畳む

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