恋する淫魔と大剣使いの傭兵

一章 | 06 | 『依頼』、はじまりの第一歩


「……傭兵部所属で受けられる依頼はないか?」

「現在はありません。こないだの魔獣討伐があって、魔獣被害がある程度落ち着いたので」

 ゼルギウスはその答えを聞いてため息をついた。

 他人から何らかの行為の見返りに報酬を得るようなことをする者は、基本的にギルドに登録することになっている。例えば薬屋の店主であるモニカも、販売ギルドと製作ギルド双方に所属している。従業員までは登録の必要がないが、店長として店を構えようとする場合には必要となる。

 販売ギルドの場合は一度登録してその場所で店をやっている限り契約の一つ一つを逐一ギルドに報告する必要はないが、傭兵ギルドの場合は原則としてギルドを通して依頼を受けなくてはいけないことになっている。傭兵ギルドは戦闘以外にも、戦闘が不可避となるような魔獣のいる地域を通ったりして物を届けるといった依頼も受けることができて、かなり認められている仕事の幅が広い。
 それゆえ違法な薬物の運搬といった違法行為に携わる傭兵をなくすために、傭兵に依頼をする場合は必ずギルドを通してからするように、ということになっている。傭兵ギルド所属の者は基本的にギルドを通してしか金が稼げないシステムなので、変に羽振りのいい者がいれば疑われるという形になる。魔獣が落とした魔獣核――武器や防具の素材になる――や、旅先で採取した貴重品を売っての金策も考えられるが、そちらは販売ギルドを通すので捕捉できる。

 ゼルギウスは傭兵部に所属しているので、ギルドに出された依頼を受ける必要があるのだが、どうもこの町は元々平和で、あまり依頼を出そうという者がいないようだ。もっとも、指名の上依頼を受けられないようにされている可能性もあるのだが、それは本人にはいまいちわからないところである。

 宿代は先払いをしていたので明後日まではいられるが、これでは出発のために必要な食糧を買うなどするのにさえ心もとない。

 さて、どうしたものか――と考えながらギルド支部を出たところ、ちょうどギルドに用があったのだろうか、薬屋の娘がこちらに向かって歩いてきていた。

 ――そういえば、随分心配してもらっていたようなのに、彼女の名前は未だ聞いていないことにゼルギウスは気が付いた。

「ゼルギウスさん!」

 どう呼びかけたものか逡巡するうちに、彼女の方が支部から出てきたゼルギウスを見つけて走り寄ってくる。

「依頼ですか? 今は、仕事をなさっている時間ですよね」

 そう問うと、彼女ははい、と頷いてから、えっと、その、と言いよどんだ。

「……? 俺に、用ですか?」

「あっ……は、はい。そうなんです。その――」

 彼女は意を決したように一人頷くと、ぱっと顔を上げてゼルギウスと目を合わせた。頭ふたつぶんほどもある身長差のせいで、かなり首を傾けていた。

「わ、私に雇われてください……!」



 二人でギルド支部へと入る。ゼルギウスにとっては出てすぐに戻ってきた格好になるためか、少し具合が悪そうだった。

 護衛の契約をするにしても、ギルドを通す必要がある。シェスティが提示した契約の内容は細部が定まっていなかったし、ゼルギウスも既に報酬等の細かいところが決まった状態の、ギルドに掲示された依頼しか受けたことがなく、こういった形の依頼は経験がなかったから、ギルドの受付に話を聞きながら決めていこうということになった。

 そうして結局、次のような形になった。期間は一年。報酬は前金をとりあえず支払い、その後は月ごとに支払う。シェスティにもあまり懐の余裕がないことを考慮して、ゼルギウスは報酬を定額制にした。普通ならば護衛の者の宿代その他は依頼人がすべて受け持つものであるが、それをあえて黙っていた。
 旅の行先はシェスティが地理に疎かったこともあり、ゼルギウスが決める。ゼルギウスの側での契約の掛け持ちは可ということになっている。シェスティが、旅の間に懐を潤すために一所に留まって働くことがあるかもしれないと言うため、その間にゼルギウスも自分の生活資金を稼げるようにするためである。

 その他禁則時効などを定めて、契約は締結された。――普通、女性が男性を護衛として雇う際には禁則時効として組み込まれるであろう、『依頼人に対する不貞行為』が入っていなかったのは、シェスティの無意識下の行動だったかもしれない。

「では、サインをしてください」

 そう促されて、二人は自らの名前を書いた。

「シェスティ・ヴェステルベリ――シェスティさん、ですか」

「……そういえば、まだ、名乗っていませんでしたね、私」

 すみません、と慌てて彼女は頭を下げる。

「いえ、俺も聞いていませんでしたから」

 そう言いながらゼルギウスもサインをした。

「ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」

「はっ……はいっ! よ、よろしくお願いします……!」

 ゼルギウスには、彼女がなぜわざわざ自分に手を差し伸べたのかいまいちわからなかった。旅をすることに憧れている、と彼女はその理由を語る。けれどそのためなら、ゼルギウスをわざわざ指名して依頼することはない。女性であるシェスティは――特に、見ている限り男性と関わることをさけているらしい彼女ならば――女性の傭兵を雇ってもいいはずだ。
 もちろん今の状況のゼルギウスは、どういった契約でもある程度呑まざるを得ない状態ではある。だからかなりシェスティにとって有利な契約を結ぶこともできる。けれど彼女の目的はそれだけではないような気がしていた。ただ、それが何かはわかっていなかった。

 彼は少し――ほんの少し、剣と鍛錬にかまけた人生を送ってきていて、|そういったこと《・・・・・・・》には少々疎かったから。

「えっと、いつ出発しますか?」

「まだ午前中ですから、用意を済ませてしまえば今日にでも出ることはできます。ただシェスティさんも色々と用意が必要なのではないですか?」

「そう、ですね。お世話になった方に挨拶するのがまだです。でも、荷物をまとめるのは、もう済んでいます。旅慣れしていないので、買うものはお伺いしようと思ってました」

 ちょっと護衛の仕事とは違うかもしれませんが、と彼女は苦笑した。

「そうですか、なら、俺も荷物をまとめてきます。今日のうちに買い物は済ませておきましょう。……宿の前で待っていて頂いても?」

「はい、わかりました。あと――その、ゼルギウスさん」

 彼女ははにかんで、ゼルギウスを見上げた。

「なんですか?」

「できたら、えっと、なんていうのかな……砕けた感じで、話して頂けますか?」

「……なぜ」

「え、えっと、えっと……な、なんとなく……です」

 顔を真っ赤にしながらシェスティは俯いた。嫌だったらいいんですが、と小さく彼女が呟いて、それに少しだけよくわからない感情が動く。

「いえ、依頼人の要請はなるべく叶えます。――いや、叶えよう。あまり柔らかく喋るのが得意ではないから、きついように感じたら戻すから言ってくれ」

 普段通りの口調で言えば、シェスティは上目遣いにゼルギウスを見上げて、また笑いなおした。先ほど依頼を受けると言った時と同じくらい、彼女は嬉しそうだった。それがどうしてかゼルギウスにはわからなかったが、きっと彼女にとっては大切なことなのだろう――と思う。

「改めてよろしく頼む、――シェスティ」

「……はっはいっ、よっ、よろしく、お願いしま、す!」



 ――まさか、呼び捨てにされるとは予想してなかった。また顔が熱くなるのを自覚するシェスティだった。

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